【英国犯罪史】1974年冬、ロンドンを覆った闇 —— 爆弾テロ、王女誘拐未遂、そして黒い豹

英国殺人事件簿

1974年のイギリス。 当時の英国は「ヨーロッパの病人」と揶揄されるほどの経済危機にあり、電力不足による「週3日労働制」がしかれるなど、国全体が暗いムードに覆われていました。 そんな「不満の冬」に呼応するかのように、凶悪な事件が立て続けに発生しています。

今回は、1974年1月~3月のイギリスを震撼させた5つの事件を紹介します。


1974年1月~3月 英国事件ファイル

1. M62号コーチ爆破事件(M62 coach bombing)

  • 発生日: 2月4日
  • 場所: ウェスト・ヨークシャー州(高速道路M62号線上)
  • 概要: マンチェスター発の長距離バス(コーチ)に時限爆弾が仕掛けられ、高速道路を走行中に爆発。兵士や家族連れを含む12人が死亡、38人が重軽傷を負う大惨事となりました。 IRA(アイルランド共和軍)暫定派によるテロと断定されましたが、後に逮捕された女性(ジュディス・ウォード)の有罪判決が18年後に覆されるなど、冤罪事件としても知られる複雑な事件です。 【残酷】【テロ】

2. ドナルド・スケッパー殺害事件(”黒い豹” 最初の殺人)

  • 発生日: 2月15日
  • 場所: ノース・ヨークシャー州ハロゲート
  • 概要: サブ・ポストマスター(郵便局長代行)のドナルド・スケッパー氏が、自宅に侵入した男に射殺された事件。 犯人は後に「ブラック・パンサー(黒い豹)」と呼ばれ、英国全土を恐怖に陥れる連続強盗殺人犯、ドナルド・ニールソンでした。彼はこの事件を皮切りに、翌年にかけて3人の郵便局長と1人の少女(レスリー・ウィットル事件)を殺害することになります。 【連続殺人】【残酷】

3. アン王女誘拐未遂事件

  • 発生日: 3月20日
  • 場所: ロンドン・ポールモール
  • 概要: エリザベス女王の長女、アン王女が乗った公用車が、武装した男(イアン・ボール)に襲撃された前代未聞の事件。 犯人は王女を誘拐して身代金を要求しようと計画。車の行く手を塞ぎ、護衛の警察官や運転手、通りがかりのジャーナリストなど4人を銃撃しました(全員重傷を負うも奇跡的に生還)。 王女自身は冷静に犯人に対峙し、難を逃れました。英国王室に対する最も深刻なセキュリティ侵害の一つです。 【王室】【凶悪】

4. 国防大学校爆破事件

  • 発生日: 2月12日
  • 場所: バッキンガムシャー州
  • 概要: 英国軍の幹部を育成する「国防大学校(National Defence College)」で爆弾が爆発。死者は出なかったものの、IRAによる本土攻撃が軍事施設にまで及んでいることを示し、社会に強い衝撃を与えました。同年後半に起きるパブ爆破事件(ギルフォード、バーミンガム)への恐怖の序章と言える事件です。

5. 北アイルランドの連鎖殺人(「トラブルズ」の激化)

  • 期間: 1月~3月全般
  • 場所: 北アイルランド(ベルファスト等)
  • 概要: 特定の事件というよりも、この3ヶ月間は北アイルランド紛争(The Troubles)における**「報復殺人の連鎖」**が極まった時期でした。 1月から3月の間だけでも、UDA(アルスター防衛同盟)やIRAによる銃撃・爆破で、数多くの市民や兵士が殺害されています(例:1月20日 コーマック・マッケイブ殺害、2月12日 トーマス・ドナギー殺害など)。 英国の1974年を語る上で、この「日常化した殺人」は避けて通れない事実です。 【残酷】【紛争】

まとめ

1974年初頭のイギリスは、「IRAによる爆弾テロの恐怖」と「ブラック・パンサーという不気味なシリアルキラーの出現」、そして「王室への直接攻撃」という、種類の異なる脅威が同時に襲いかかった特異な時期でした。


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ご注意

本記事は、過去の報道や公開資料を基に作成しておりますが、一部に筆者の主観的な推測や解釈が含まれます。事実関係の正確性を完全に保証するものではありません。 また、記事内の「姉妹探偵の事件考察」は、自作小説のキャラクターによるフィクションの演出です。あくまで一つの視点・エンターテインメントとしてお読みください。

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