導入文
1890年、ロンドン。ホワイトチャペルの悪夢(切り裂きジャック事件)から2年が経過しても、霧の都はまだ血の臭いを忘れてはいなかった。市民が平穏を取り戻そうとしていた矢先、北ロンドンのハムステッドで、あまりにも悲劇的でグロテスクな事件が発生する。凶器は暖炉の火かき棒。運搬手段は、母性の象徴である「乳母車」。今回は、歪んだ愛が引き起こした惨劇、通称「ハムステッドの悲劇」を、犯罪心理学のメスで解剖する。
ハムステッドの殺人(The Hampstead Murder)
- 発生: 1890年10月24日 / ロンドン・ハムステッド
- 犯人: メアリー・エレノア・ピアシー(Mary Eleanor Pearcey / 24歳)
- 被害者: フィービー・ホッグ(Phoebe Hogg / 31歳)、娘・ティギー(18ヶ月)
- 殺害方法: 喉の切断、火かき棒による撲殺
- 概要: 10月24日の夜、ハムステッドのゴミ捨て場で女性の遺体が発見された。頭部は激しく破壊され、喉は耳から耳まで切り裂かれていた。その直後、1マイルほど離れた場所で、血まみれの乳母車(Pram)が見つかり、翌朝にはその乳母車に乗せられていたはずの赤ん坊、ティギーの冷たい遺体が発見された。 犯人は、被害者フィービーの夫の愛人であったメアリー・ピアシー。彼女はフィービーを「お茶会」に招き、キッチンで襲撃した。 現場となったキッチンは、天井にまで血飛沫が飛ぶほどの惨状だった。メアリーは殺害後、二人の遺体を乳母車に無理やり押し込み、夜の街を数マイル押して歩き、別々の場所に遺棄したのである。逮捕時、彼女はピアノを弾いており、「ネズミ退治をしていた」と嘯(うそぶ)いたという伝説が残っている。
- 特異点:
- 「女切り裂きジャック」: 喉を切り裂く手口の残虐性から、メディアは彼女をこう呼んだ。しかし、ジャックが快楽殺人であるのに対し、彼女は痴情のもつれである。
- 乳母車という矛盾: 本来赤ん坊を守るゆりかごが、死体運搬の道具(霊柩車)として使われた点。この強烈な視覚的コントラストが、事件をより猟奇的なものにした。
- プロファイリング要素:
- 犯人像: [ディスオーガナイズド(無秩序型)]。現場のキッチンには大量の証拠が残されており、計画的な隠蔽工作は皆無。衝動的かつ感情の爆発が見られる。
- 殺害行動: [オーバーキル(過剰殺傷)]。必要以上に頭部を破壊し、喉を切り裂いている点から、被害者に対する激しい憎悪と、相手の「顔(アイデンティティ)」を破壊したいという**[パーソナル(個人的)]**な動機が読み取れる。
- 異常性: 殺害直後に遺体を乳母車で運び、何食わぬ顔で帰宅するという行動は、**[乖離(ディソシエーション)]**に近い精神状態を示唆している。
姉妹探偵の事件考察
担当: 榎本佳穂 × 陸奥凛音
凛音: 「乳母車に骸(むくろ)を乗せて、夜のロンドンをお散歩……か。なんとも退廃的で、哀しい絵やねぇ。愛人の奥さんとその赤子を殺めて、自分は何を思うて乳母車を押してたんやろか」
佳穂: 「彼女の行動には**『インターパーソナル・コヒーレンス(対人行動の一貫性)』が崩壊している部分と、維持されている部分が混在しているわ。殺害行為そのものは、強烈な情動(エモーション)による『オーバーキル』**。憎い女の顔を火かき棒で砕くことで、彼女はライバルの存在をこの世から抹消しようとした」
凛音: 「顔を潰すのは、嫉妬の極致やしね。……せやけど、赤子まで殺す必要あったん? その子が欲しかったんとちゃうの?」
佳穂: 「いいえ。彼女にとって赤ん坊は『愛する男と憎い女の絆』そのもの。だからこそ排除の対象になった。……興味深いのは死体遺棄のプロセスね。彼女は乳母車という**『日常的なアイテム』に死体を隠すことで、心理的な『カモフラージュ』を行おうとした。けれど、それは結果的に、事件の異常性を際立たせる『シグネチャ(特徴)』**になってしまったわ」
凛音: 「血塗れの乳母車……。まるで、彼女自身の決して叶わへん『母への夢』を葬ってるみたいやわ。……佳穂はん、このキッチン、まだ血の匂いがしそうやね。女の情念は、どんな洗剤でも洗い流せへんのやもしれへんえ?」
佳穂: 「……そうね。物理的な証拠は消えても、歴史に刻まれた『赤』は決して消えない。それが人間の業(カルマ)というものよ」
【免責事項】
本記事は、過去の報道や公開資料を基に作成しておりますが、一部に筆者の主観的な推測や解釈が含まれます。事実関係の正確性を完全に保証するものではありません。 また、記事内の「姉妹探偵の事件考察」は、自作小説のキャラクターによるフィクションの演出です。あくまで一つの視点・エンターテインメントとしてお読みください。
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