1974年(昭和49年)8月30日、金曜日。 昼時の東京・丸の内は、いつものようにサラリーマンやOLたちで賑わっていました。 しかし、その日常は午後0時45分、轟音とともに粉々に破壊されました。
今回の特集は、日本の犯罪史上最悪の企業爆破テロ「三菱重工爆破事件」を取り上げます。
なぜ、彼らは一般市民を巻き込む無差別殺戮に走ったのか。 「狼」と名乗った若者たちの素顔と、あの夏の日に起きた悲劇の深層に迫ります。
1. 丸の内が「地獄」と化した瞬間
事件現場は、東京都千代田区丸の内にある三菱重工業本社ビル(当時)。 犯行グループは、ビル正面玄関脇のフラワーポットの陰に、時限爆弾を仕掛けました。
午後0時45分。 爆発の威力は凄まじく、ビル1階の厚いガラスは粉々に砕け散り、鋭利な凶器となって通りを行き交う人々に降り注ぎました。
- 死者: 8名
- 重軽傷者: 376名
現場は、血まみれになって倒れる人々、叫び声、そして飛び散ったガラス片と破壊されたオフィス家具で埋め尽くされました。 「戦場のような」という表現が比喩ではなく、現実のものとなったのです。ランチタイムの穏やかなオフィス街は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌しました。
2. 犯行グループ:東アジア反日武装戦線「狼」
この凶行を行ったのは、「東アジア反日武装戦線」の部隊の一つ、「狼(おおかみ)」と名乗るグループでした。
彼らは、当時の主流だった「全共闘」などの左翼運動とは一線を画していました。 ヘルメットを被ってデモ行進をするような派手な活動を拒絶し、普段は会社員や喫茶店店員として善良な市民を装いながら、地下で爆弾製造とテロ計画を進める——まさに「都市に潜む狼」のような存在だったのです。
彼らの素顔と動機
彼らの思想の根幹には、「日本企業は、かつてのアジア侵略の加害者であり、現在も経済的搾取を行っている」という極端な歴史認識(反日思想)がありました。 特に三菱重工は、防衛産業に関わる「日本帝国主義の象徴」として標的にされたのです。
リーダー格の人物をはじめ、メンバーの多くは20代の若者たちでした。 彼らは「自分たちは正しいことをしている」という独善的な正義感に酔い、自分たちの行為がどれほどの悲劇を生むかという想像力を、思想によって麻痺させていました。
3. 「殺すつもりはなかった」という欺瞞
犯行グループは後に、「爆破前に警告電話をかけた」「人々を避難させるつもりだった」「ここまでの死傷者が出るとは思わなかった」と主張しました。
しかし、それはあまりにも身勝手な言い訳に過ぎません。 人が密集する平日の昼休みに、殺傷能力の高い爆弾を路上で爆発させればどうなるか。それは誰の目にも明らかでした。 彼らが掲げた「反日」「革命」という言葉は、罪のない通行人の命を奪うことの正当化には決してなり得ません。
4. 事件が遺したもの
この事件を皮切りに、彼らは「大地の牙」「さそり」といった別働隊と共に、三井物産や帝人など大手企業を次々と爆破する「連続企業爆破事件」を引き起こします。 1975年に主要メンバーが一斉検挙されるまで、日本中が「次はどこが狙われるのか」という恐怖に震え続けました。
三菱重工爆破事件は、テロリズムがいかに理不尽で、残酷なものであるかを日本社会に刻み込みました。 そして、思想のためなら他者の命を犠牲にしても構わないという狂気が、普通に見える若者の内側に潜んでいたという事実は、現代の私たちにも重い問いを投げかけています。
【事件データ】
- 発生日時: 1974年(昭和49年)8月30日 午後0時45分
- 場所: 東京都千代田区丸の内・三菱重工業本社ビル
- 実行犯: 東アジア反日武装戦線「狼」
- 被害: 死者8名、重軽傷者376名
- 結末: 1975年にメンバーを逮捕。死刑確定者2名(うち1名は獄死、1名は現在も拘置中 ※2024年時点の情報に基づく)
(姉妹探偵のメモ)
【姉の分析メモ】 「『狼』の恐ろしいところは、彼らが普通の市民として生活に溶け込んでいたことよ。昼間は真面目に働き、夜はアパートの一室で爆弾を作る……。隣に住んでいる人がテロリストかもしれない、そんな疑心暗鬼が1974年の空気をさらに重くしたのね。彼らの『正義』は、飛び散ったガラス片で何百人もの人生を壊した時点で、ただの『虐殺』になったのよ」
【妹の感想】 「お昼休みに、ご飯を食べようとして歩いていただけなんでしょ? それなのに……。思想とか歴史とか、難しいことは分からないけど、関係ない人を巻き込むなんて絶対に許せないよ。1974年の夏は、本当に悲しい音がたくさん響いたんだね。ピアノの音も、爆弾の音も」
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