【1930年(昭和5年)1月〜6月/日本】狂騒の帝都と嬰児たちの墓標――エロ・グロの影で蠢く「貰い子殺し」の魔

国内殺人事件簿

導入文

 時代は。
 狂騒の極みにあった。
 モボ。
 モガ。
 カフェーのネオンが、夜の帝都を毒々しく、そして淫靡に彩る。
 エロ。
 グロ。
 ナンセンス。
 退廃的でありながら、どこか享楽的な、その呪縛。
 しかし。
 光が強烈であればあるほど、その背後に落ちる影もまた、色濃く、底知れぬ暗黒を形成するものである。
 前年の晩秋。
 遠く異国の地で弾けたウォール街の崩壊を引き金とした、昭和恐慌という名の。
 目に見えぬ。
 魔の。
 浸食。
 華やかな都市の足元で、生きるという事理そのものが歪み、人間が人間を喰らうような、凄惨なる機構(システム)が音もなく稼働していたのだ。
 一九三〇年。
 昭和五年という年の前半。
 帝都の片隅で、罪なき嬰児たちの生命が、極めてシステマチックに。
 そして。
 無慈悲に。
 摘み取られていた。

帝都・貰い子殺し事件(嬰児大量暗殺機構)

  • 発生: 1930年(昭和5年)春頃発覚 / 東京市近郊および地方都市
  • 犯人: 産婆崩れの女、およびその共犯者たち(実名不詳、多数の模倣犯が存在)
  • 被害者: 数十名に及ぶ、私生児や貧困家庭の嬰児たち
  • 殺害方法: 意図的な餓死、および手ぬぐい等を用いた絞殺、暗渠や山林への遺棄
  • 概要:
     春の。
     泥濘む土の中から。
     あるいは、ひっそりと蓋をされた暗渠の底から。
     小さな。
     あまりにも小さな、白骨が。
     次々と、産声を上げるようにして掘り起こされた。
     昭和初頭の日本において、それは決して珍しい光景ではなかったのだ。
     「貰い子殺し」。
     貧困や不義密通によって望まれずに生を受けた赤子を、僅かな養育費とともに引き取る。
     引き取ったその日のうちに。
     あるいは数日の後に。
     泣き声が漏れぬよう、押し入れの奥で。
     ミルクを与えず、餓死させる。
     あるいは、手ぬぐいで細い首を締め上げる。
     殺すためではない。
     生かしておく理由が、無いからだ。
     遺体は、夜の帳に紛れ、自宅周辺の空き地や床下に埋められる。
     血の匂いすらしない。
     ただ、死臭と、カビの臭いと、冷たい土の感触だけが、そこにはあった。
     それは殺人というよりも。
     処理。
     であった。
  • 特異点:
     怨恨はない。
     痴情もない。
     快楽すらも、そこには介在しない。
     ただ、数十円という端金(はしたがね)を手に入れるためだけの、純粋な経済活動としての殺戮。
     命を。
     貨幣に変換するための、血塗られた錬金術。
     それが、昭和五年という時代の歪みから産み落とされた、真の「猟奇」であった。
  • プロファイリング要素:
     この魔を、犯罪心理学の言葉で解体してみよう。
     彼女たちの行動は、極めて[オーガナイズド(秩序型)][cite: 1]な要素を持っているように見えるが、その実は杜撰極まりない。
     自らの住処のすぐ側に遺体を隠匿するその様は、典型的な[マローダー(略奪者型)][cite: 1]の性質を示している。
     彼女たちの[モーダス・オペランディ (M.O. / 手口)][cite: 1]は、ただ「手間をかけずに息の根を止める」という一点においてのみ洗練されていた。
     そこに、[シグネチャー(署名 / 儀式)][cite: 1]は存在しない。
     なぜなら、彼女たちの網膜には、赤子という存在が「人間」としては映っていなかったからだ。
     徹底した、非人格化(モノとして見る)。
     それは、究極の[コグニティブ・エンパシー (認知的共感)][cite: 1]の欠如であり、命を金銭という記号に置換する、冷徹なサイコパシーの顕現である。
     昭和恐慌という時代の貧困が、人間の精神の防衛機制を破壊し、ただ生き延びるためだけの、おぞましい[アノマリー(変則事象)][cite: 2]を生み出したのだ。

姉妹探偵の事件考察

担当: 榎本佳穂 × 保科琳久

琳久:
「ちゃーっす! 天才ハッカー琳久ちゃん、到着〜! ……って、うわ、また空気重っ! 今回の事件、マジでエグいね。赤ん坊を金目当てで次々と処理していくとか、コイツら、人間のバグでしょ」

佳穂:
「ええ。当時の日本において『貰い子殺し』は、貧困という社会的背景に寄生する形でシステム化された、最悪のビジネスモデルだったわ。彼女たちの行動を分析すると、極めて高度な非人格化(デヒューマナイゼーション)が行われているのがわかる。赤ん坊を生命体ではなく、単なる『現金引換券』、あるいは処理すべき『有機廃棄物』として認識していたのね」

琳久:
「いやいや、いくら貧乏だからって、泣いてる赤ん坊を押し入れに放置して餓死させるとか、普通はメンタルもたないっしょ。サイコパスにも程があるじゃん」

佳穂:
「そこが重要なのよ、琳久。彼女たちに『エモーショナル・エンパシー(情動的共感)』[cite: 1]は欠落していたけれど、自分が捕まらないように近所の目を誤魔化す程度の『フォレンジック・アウェアネス(法科学的意識)』[cite: 1]は持っていた。自分の家の床下や裏庭に遺体を埋めるという『マローダー(略奪者型)』[cite: 1]の行動パターンは、移動手段を持たない当時の下層階級の女たちの限界を示していると同時に、発覚のリスクを甘く見積もる『認知の歪み』、つまり強烈な『バイアス』[cite: 2]の表れでもあるわ」

琳久:
「なるほどねー。自分んちの庭に死体埋めてバレないと思うとか、ちょっと『アーティファクト(偽像)』[cite: 2]見えちゃってるね。……でもさ、一番恐ろしいのは、そういうバグった連中に赤ん坊を渡しちゃう親が、当時たくさんいたってことだよね」

佳穂:
「……ええ。個人の狂気ではなく、社会という巨大な機構(システム)そのものが貧困によって軋み、弱者をすり潰していた。その軋みの音が、赤ん坊たちの断末魔だったということよ」

琳久:
「うわぁ……。脳みそが糖分を求めてストライキ中〜。煌良、チョコ追加! あとスコーンも! ……この時代の闇、ウチのAIでも解析したくないわ」


【免責事項】

本記事は、過去の報道や公開資料を基に作成しておりますが、一部に筆者の主観的な推測や解釈が含まれます。事実関係の正確性を完全に保証するものではありません。 また、記事内の「姉妹探偵の事件考察」は、自作小説のキャラクターによるフィクションの演出です。あくまで一つの視点・エンターテインメントとしてお読みください。

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