第三章:殺意の孵化と準備
殺意というものは、往々にして熱を帯びていると思われがちである。
突発的に沸騰する間欠泉のように。
痴情の乱れ、突発的な激昂、あるいは理性の決壊。
大半の殺人は、泥のように濁った熱情の爆発、いわば無秩序(ディスオーガナイズド)なる獣の咆哮によって引き起こされる。
発作的な暴力は、跡を濁す。
血だまりに足跡を残し、凶器を現場に捨て置き、震える手で無様な逃走を図る。
それは、感情が知性を凌駕した、極めて人間的であるが故の愚行である。
だが。
真に恐るべき殺意は、決して熱くはないのだ。
極低温である。
絶対零度の闇の中で、音もなく、ゆっくりと結晶化していく氷の刃のごときものである。
都井睦雄の裡に巣食った「魔」は、彼を錯乱させはしなかった。
狂わなかったのではない。
狂気という名の冷たい透明な液層の中に、彼の知性が完全に没したのである。
村八分という排他の機構によって、彼は社会的な死を迎えた。
ならば、物理的な死を以て、この村の全ての因果を道連れにしてやる。
その絶望的なる決意は、彼の脳髄から一切の「迷い」と「感情の揺らぎ」を削ぎ落とした。
目的が確定した精神は、恐ろしいほどに静謐である。
彼岸へと片足を突っ込んだ青年は、すでに人間の情動を喪失していた。
そこにあるのは、自らを神ならぬ処刑人へとすり替えた、完全なる秩序(オーガナイズド)の顕現であった。
計画である。
極めて冷徹で、緻密で、合理的な殺戮のプロトコルが、病に冒された彼の脳内で、日々、幾何学模様のように美しく組み上げられていくのであった。
魔を成すには、呪具が要る。
肉を裂き、骨を砕き、命の灯火を確実かつ迅速に吹き消すための、実用的なる呪具が。
昭和十二年の暮れから、睦雄は周到な準備を開始する。
その行動には、一片の隙もなかった。
まずは、主武装となる銃器である。
彼は、隣町で猛獣狩りに用いられるという、十二番口径のブローニング製九連発自動装填式猟銃を入手した。
当時としては極めて高価であり、また殺傷能力のずば抜けた最新鋭の機構である。
さらに、弾薬。
通常の鳥撃ち用に用いられる、小さな散弾ではない。
鹿や猪の分厚い皮と筋肉を貫き、内臓を原形をとどめぬほどに破壊するための、殺傷能力に特化した猛獣用の弾丸である。
彼はそれを、何百発と買い集めた。
一度に大量に購入すれば、警察や村の者に怪しまれる。
ゆえに彼は、病身に鞭打ち、近隣の町々を幾度も幾度も巡り、少しずつ、少しずつ、死の種子を己の蔵へと蓄積していったのだ。
その執念たるや、もはや地獄の底から這い出た亡者のそれである。
だが、それだけでは足りない。
本来の猟銃は、銃身が長く、山野を駆ける獣を遠距離から狙い撃つためのものである。
これから彼が赴く猟場は、広い山野ではない。
狭く、暗く、柱や襖が入り組んだ、日本家屋の内側である。
闇夜の中で、鴨居や柱に長い銃身をぶつければ、致命的な隙が生まれる。銃身を掴まれ、反撃される恐れすらある。
睦雄は、薄暗い納屋の奥で、ノコギリを手にした。
ギー、ギーと。
深夜の静寂を引き裂きながら、己の分身たる猟銃の銃身を、そして銃床を、無残に切り詰めていく。
鉄粉が舞い、油の匂いが漂う。
凶悪なる「ソードオフ・ショットガン」の完成である。
それはもはや、狩猟のための道具ではない。
人間を、極めて狭い空間において、至近距離から肉塊に変えるためだけに特化した、純粋なる悪魔の機構であった。
銃身を切り詰めるという行為は、彼が人間としての倫理や常識を切り捨て、後戻りのできない深淵へと自らを投じたことの、物理的な証明でもあった。
さらに彼は、日本刀と二振りの匕首(あいくち)を用意した。
銃弾が尽きた時、あるいは弾の装填が間に合わぬ時、標的の息の根を確実に止めるための、第二の牙である。
夜ごと、彼は孤独な部屋で砥石に向かった。
シュッ、シュッという、冷たく乾いた摩擦音が、虫の音すら絶えた深夜の村に響き渡る。
鋼が削れ、鈍色の刃がギラギラとした殺意の輝きを増していく過程は、彼自身の精神が狂気の刃へと研ぎ澄まされていく過程そのものであった。
何を斬るのか。
血肉である。
かつて己を受け入れ、そして己が病に倒れた途端に嘲笑いながら去っていった、淫蕩なる女たちの白いうなじである。
己を「労咳病み」と蔑み、透明な汚物として扱った村の長老たちの、醜く皺が寄った首筋である。
刃こぼれせぬよう、彼は幾度も幾度も、納得のいくまで刃を研ぎ続けた。
冷たい水が、砥石の上で濁っていく。
それはまるで、彼の肺を蝕み、彼から人間としての尊厳を奪い去った病魔の血痰のように、どす黒く濁っていた。
その水鏡に映る己の顔は、すでに二十一歳の青年のものではなかった。
死の淵から這い上がり、村全体を黄泉の国へと引きずり込むための、恐るべき夜叉の貌であった。
そして、彼の手元には、見えない「閻魔帳」があった。
標的の選別である。
誰を殺し、誰を生かすか。
その線引きは、極めて理知的であり、彼なりの厳格なる「歪んだ法」に基づいていた。
無差別殺人ではないのだ。
手当たり次第に刃を振り回す通り魔であれば、被害はここまで拡大しなかったかもしれない。
彼が殺すと決めたのは、彼を村八分にし、蔑んだ者たち。
かつて肉体関係を持ちながら、彼を捨てて他所へ嫁いだ女たち、およびその親族。
逆に生かすべきとしたのは、病に冒された彼に対しても、変わらず同情と親愛の情をもって接してくれた少数の善良な者たちであった。
怨恨の清算という、強固なシステムに基づいた、厳密なる死刑執行のリスト。
だからこそ、恐ろしいのである。
狂人の凶行であれば、隠れてやり過ごすこともできよう。
だが、理知的なる魔によって組み上げられた「秩序型」の処刑アルゴリズムは、標的とされた者を絶対に逃がさない。確実に仕留めるために、間取りから就寝位置に至るまで、全てが計算し尽くされていたのだ。
昭和十三年五月二十日。
惨劇の前夜。いや、最後の数時間が刻々と過ぎていく。
睦雄は、己の死装束を身に纏った。
黒の詰襟服に、軍用のゲートルをしっかりと巻き上げる。
それは、彼が受けることの叶わなかった「帝国軍人」という存在への、異形の模倣であったのか。
あるいは、闇夜に溶け込むための、極めて合理的な迷彩であったのか。
腰には、剃刀のように研ぎ澄ました日本刀と、二振りの匕首。
手には、九連発の改造ブローニング猟銃と、装填用の予備弾薬をぎっしりと詰め込んだ帯革。
そして、頭には――。
自転車用の懐中電灯を二本、鉢巻きで左右の角のようにしっかりと縛り付けた。
深夜の暗い家屋を襲撃する際、両手を武器で塞いだまま視界を確保するための、極めて合理的な(オーガナイズドされた)工夫である。
だが、その出来上がった姿はどうだ。
頭から二本の光の角を生やし、全身に凶器を纏ったそのシルエットは、まさに地獄から這い出た牛頭馬頭の類、あるいは古の伝承に語られる「鬼」そのものであった。
極限まで追求された理屈と合理性が、結果として最悪の「怪異」のビジュアルを体現してしまったという、皮肉にしておぞましい因果の顕現である。
五月二十一日、午前一時過ぎ。
時は、満ちた。
世界が最も深く眠る丑三つ時。
睦雄は、音もなく家を出た。
猟場へ向かう前に、為すべき最後にして最大の儀式があった。
彼は村はずれにある、一本の電柱へと向かったのだ。
近代化の波は、この山深い貝尾の集落にも、細い細い恩恵の糸を垂らしていた。
送電線である。
その細い糸だけが、この閉鎖された村と、外の巨大な世界、そして文明社会とを繋ぐ、唯一の光のへその緒であった。
睦雄は、闇に紛れて素早く電柱によじ登った。
手にしたペンチを、そのへその緒へと這わせる。
ためらいは、微塵もなかった。
バチン、というくぐもった切断音。
その瞬間。
貝尾集落を照らしていた僅かな街灯が、点在する家屋の軒先の裸電球が、一斉に断末魔の瞬きをして、完全に消え失せた。
闇である。
真の、絶対的なる闇が、村を丸ごと飲み込んだ。
それは、単なる物理的な停電を意味するのではない。
空間の完全なる遮断である。
外の世界への救難の道を断ち、村を「昭和十三年」という近代の時間軸から強制的に切り離したのだ。
電線の切断により、貝尾集落は、因習と血塗られた怨念だけが支配する、江戸期のような「魔の結界」の中へと、完全に封じ込められたのである。
もはや、外部からの助けは来ない。
誰一人として、この暗黒の牢獄から逃げ出すことはできない。
完全なる密室。
逃げ場のない、血の猟場。
舞台は、完璧に整えられた。
電線を切り落とし、地に降り立った睦雄の頭上。
掲げられた二本の光の角だけが、漆黒の闇の中で、まるで獲物を狙う獣の眼光のように、不気味な瞬きを放っている。
静寂。
風の音すらも死え絶えたかのような、圧倒的なる死の静寂。
その沈黙を引き裂く、第一の銃声が鳴り響くまで、あとわずか。
睦雄が標的の眠る最初の家屋の戸を開け、地獄の釜の蓋が開くまでの時間は、もはや数えるほどしか残されていなかったのである。



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